岡山地方裁判所 昭和42年(ヨ)85号 決定 1967年5月25日
申請人 三宅伸子
被申請人 山陽放送株式会社
主文
被申請人は、申請人が被申請人の就業規則四五条に違反することを理由に、申請人を解雇してはならない。
申請費用は被申請人の負担とする。
(注、無保証)
理由
当事者双方の提出した疎明資料によつて当裁判所が一応認定した事実およびそれに基づく判断の要旨は次のとおりである。
一、申請人は、昭和三五年四月二一日被申請人山陽放送株式会社(以下被申請会社という。)に臨時雇として採用され、同年一〇月一日嘱託となり、昭和三七年四月一日社員に登用された。その後被申請会社高松支局の新設に伴い、昭和三九年六月一五日本社から同支局に配転され、高松市内から同支局に通勤していたが、昭和四一年五月被申請会社社員三宅幸雄と結婚して以来、同人が岡山市内の本社勤務である関係から、新居を岡山市と高松市の中間地点である玉野市内に定め、同所から宇高国道フエリーを利用して同支局に通勤している。
二、被申請会社高松支局は、支局長以下四名の比較的小規模な支局で、その営業内容は、四国地区営業情報収集、連絡に関すること、同地区を対象とする放送番組等の販売に関すること、同地区報道取材に関すること、および支局庶務に関することであり、そのうち申請人は、主として支局庶務に関する仕事に従事している。
三、ところで、昭和四一年一二月一日から施行された被申請会社の改正就業規則には居住地に関する条項(四五条)が新設され、それによると「従業員は、その職務遂行上の必要により、配置された任地について原則として会社の定める地域内に居住しなければならない。」こととされ、被申請会社の定めるところによると、高松支局員の居住地は高松市内に限られている。そして、右規則施行の際会社の定める居住地域外に居住する者については、規則施行の日から六カ月の猶予期間をおいて同規則四五条を適用するとされている。
四、そこで、被申請会社は、昭和四二年四月一〇日申請人に対し、文書で、同年五月三一日までに高松市内に転居し被申請会社の定める居住範囲基準を満足するよう指示し、もしこれに従がわざるときは同規則四九条一三号(退職事由条項)の適用となる旨通告した。
五、しかし、当裁判所は、申請人が主張するように(なお、申請人は、改正就業規則の実施に同意していないこともしくは同規則四五条が憲法第一二条に違反することを理由に、同規則四五条の無効をも主張している。)、被申請会社は、同条の解釈適用を誤つていると判断する。なるほど報道機関という業務の性質上、殊に小規模な支局の場合は、取材担当者に限らず局員全員が、緊急事態に対し迅速に対処しうるように日頃から十分に体制を整えておく必要があり、したがつて、気象状況によつて運行不順になりがちな船舶による通勤が一般に好ましいものではないであろう。しかしながら、居住地を制限するということは従業員の個人生活に多大の影響を及ぼす事柄であるから、同規則四五条の適用にあたつては慎重なる配慮が必要であつて、画一的に処理すべきでないことは、同条に、「その職務遂行上の必要により」「原則として」なる文言が明記されていることからも明らかである。
そして、申請人の場合は、その担当業務の内容、海路とはいえ玉野市、高松市間は比較的交通の便がよいこと(前記フエリーは所要時間五五分、一時間に二ないし三往復、その他に国鉄宇高連絡船の便がある。)、過去一年間に申請人が天候不順のため遅刻したのは三回にすぎないことなどの事実に鑑み、申請人が玉野市内に居住することによつて受ける被申請会社の業務上の損害の程度に比べて、申請人が高松市内で別居生活をすることによつて受ける経済的、精神的損害は著しく甚大であるから、被申請会社は、例外的処置として、申請人が現住居に居住することを忍容するのが相当である。
六、そして、同規則四五条に違反しないのに、これに違反するとして、近い将来退職扱いにすることもありうる旨通告され、別居か退職の二者択一を余儀なくするがごとき取扱いを受けることは、夫婦とも特に高給を受けているわけでもない申請人にとつて、多大の苦痛であることは明らかであるから、本件仮処分は、その必要性があるといわなければならない。
以上の理由により本件仮処分の申請は、これを認容すべく、申請費用については民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 五十部一夫 金田智行 小長光馨一)